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iPhoneアプリ設計の極意 Josh Clark著 深津貴之監訳、武舎広幸+武舎るみ訳

監訳者まえがき

 Apple がiPhone を発表してから4 年、スマートフォンアプリの世界はもの凄い速度で変化しました。この序文を書いている2011年5月時点でiPhone の累計端末数は1 億台、App Store に並ぶアプリの数も35 万個を超えています。まさにiPhone はスマートフォンとそのアプリケーションのあり方の巨大な実験場となりました。この4 年間(iPhone アプリ開発が解放されてからは3 年間)、初期のゴールドラッシュ、広告やアプリ課金ブーム、ソーシャルブームなど、アプリをめぐる環境は目まぐるしく変化し、最近になってようやく落ち着いてきた感があります。

 この間に無数のアプリがリリースされ、ランキングを駆け上り、そして消えていきました。ほとんどのアプリはこれでもかと機能を詰め込み、リリースの一瞬にすべてをかけて広告を大量投下することに注力しています。アプリをダウンロードさえしてもらえばお金になるのですから、「ダウンロードしてもらうため」にエネルギーをつぎ込むのは合理的です。ユーザーたちもダウンロードしたアプリをちょっとだけ触り、すぐに忘れて次のアプリへと移っていきます。無数のアプリがコイン1 枚(あるいは無料で)手に入る現在、アプリはチューインガムのようにとりあえず試してみて、その味に飽きたら次のアプリを試す……というものに変化しつつあるのです。実際にiPhone のユーザーならば、ダウンロードしたアプリの使い方がわからず1 分も経たぬうちに、そのアプリを放り出してしてしまった経験があるでしょう。

 しかし、その一方で、2 年も3 年も前に作られたアプリケーションでありながら、今でもユーザーに使い続けられ、継続してダウンロードし続けられているものもあります。両者の違いはなんでしょうか。これは単なる先行者利益なのでしょうか? 実はそういった息の長いアプリの多くに共通した要素があるのです。 それは「わかりやすいこと」「使いやすいこと」「楽しいこと」、そして「手入れをされ続けること」です。これらの特徴がダウンロード数に直接影響するわけではないため、往々にして軽視されがちです。しかし、たとえどんなに高機能で美しいアプリでも、ユーザーが初めて触って理解できなければ、そのアプリはすぐに削除されてしまうのです。このようなアプリでは非常に短期の売上は期待できても、長期的な売上は期待できません。

 ユーザーと長く付き合っていくためには、むしろダウンロード後のことをしっかりと考えたアプリ設計をしなければいけません。ユーザーがそのアプリをどう使うか?ということです。 そのためには「わかりやすいこと」と「使いやすいこと」が必須であり、「楽しいこと」がアプリの起動される機会を飛躍的に増やします。そして、それらの要素は「手入れされ続けること」でより精度を高めていきます。こういったことの積み重ねが、よりよいユーザーインタフェースやエクスペリエンスと呼ばれるものを構築するための唯一の手段です。

 これはアプリの寿命や売上だけの話ではありません。真に長く使われるよいアプリは、ユーザーの日常生活に影響を与えていくのです。たとえば、本当によいフィットネスのアプリはユーザーに日々の運動をする習慣を身につけさせ、また本当によいカメラアプリはユーザーを散歩や旅行に連れ出すでしょう。我々はアプリを使うことそれそのもののために、アプリをインストールすことは滅多にありません。常に何かをなすためにアプリを必要とするのです。日常生活の向上こそが、単なる問題解決のツールを超えたスマートフォンアプリのゴールであると私は考えます。

 本書は、「タップする価値のあるアプリ」という題名のとおり、まさしくユーザーが触るに値する使いやすいアプリをどうやって作り出すか、ということに特化した書籍です。できるだけ専門性を排し、企画からデザイナー、エンジニアまでプロジェクトにかかわる人々すべてが共有できる内容になっています。単なるユーザーインタフェースにとどまらず、使って楽しく魅力的なアプリをいかに作り出すかというところにまで踏み込んだ本です。

 監訳にあたり私自身もこの本から多くを学びました。この本を読んだ方が作り出す使いやすいアプリの出現を、一人のiPhone ユーザーとして楽しみにしています。

2011年5月5日
深津 貴之