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iPhoneアプリ設計の極意 Josh Clark著 深津貴之監訳、武舎広幸+武舎るみ訳

はじめに

 「iPhone のアプリが欲しいなあ」。こんな言葉をオフィスで耳にしたことはありませんか。仲間うちの会話では? ことによったら、自宅の台所で? いや、この本を読んでくださっているのですから、読者の皆さん自身がすでに口にしたかもしれません。

 iPhone アプリを必要としている人は大勢います。iPhone の登場をきっかけに、これまでとはまったく異なる、まったく新しいジャンルのソフトウェアが登場したのです。いや、ソフトウェアの枠にはおさまらない、まったく新しいコンピュータの利用環境とでも言ったほうがよいでしょうか。利用者ひとりひとりの嗜好までをも反映したアプリの数々が登場し、ごく普通の人を大勢とりこにし、完全に生活の一部となってしまったのです。その熱は冷める気配がありません。今後、どう見ても、携帯電話やタブレットPC などのモバイル機器を使う時間が短くなるはずはないのです。人とのやりとりのために、こうした機器を使いこなさなければならない場面、より便利に使いこなしたい場面はどんどん増えています。iPhone は自分のアイデアを発信する上で、その数においても質においても他の追随を許さない人気絶大の情報デバイスなのです。

でも、まずは一息いれて

 iPhone のアプリ開発自体が最終目標ではありません。アプリ(アプリケーション)の開発は、さっさと片づけてToDo(やること)リストから消してしまう、そんな類のものではないのです。誰もが実用性や使い勝手にはおかまいなく、自分のサイトができればどんなものでもかまわない、とにかく間に合わせで自分のサイトを作ってしまおうと躍起になっていた1990 年代のウェブサイト公開ブームと同じ雰囲気が、今、iPhone アプリの世界でも感じられます。あれはせっかちで向こう見ずな革新の時代であると同時に、群集心理が幅をきかせた凡庸(ぼんよう)の時代でもありました。同じことが今のiPhone アプリにも当てはまるのです。App Store ではドキッとするほどすばらしいアプリに出会えることもありますが、時間の無駄と思えるような駄作があふれているのも事実です。皆さんなら、もっとうまくやれるはずです。

 誰もがすばらしいと思うデザインで極上のアプリを作ろうではありませんか。ユーザーが思わずタッチ-iPhone 流の言葉でいえば「タップ」-したくなってしまうデザインをもったアプリを作ろうではありませんか。この場合の「デザイン」とは単に見た目だけでなく、アプリの機能、性能、ユーザーインタフェースまで含みます。「タップしたくなってしまう」アプリ、別の言い方をすれば「タップする価値のある」アプリは機能でも見た目でもユーザーを引きつけます。ちっぽけな画面もユーザーの移り気もなんのその、画面全体をすみずみまで巧みに活用して、「タップするのが楽しい」とユーザーに言わしめてしまうのです。すばらしいアプリデザインとは、磨き抜かれたコンセプト、ほどよい組み合わせの機能群、すぐれた使い勝手、作り手の適度な個性がうまく合わさったものなのです。いずれも時間と才能を要することばかりですが、何より必要なのはいくばくかの常識ではないでしょうか。この本では実際に常日頃アプリを使っている人たちの意見を集約し、iPhone とiPod Touch を対象にとびきりすばらしいインタフェースをデザインするための明快な指針として紹介します。この本で紹介している提言や助言は大半がiPhone にもiPod Touch にも、そして多くの場合ほかのスマートフォンにも適用できます。ただ、話を単純明快に進めていきたいので、各所で「iPhone」とだけ書きました。ですから「iPhone」と書いてある所では必要に応じて「とiPod Touch」とか「とAndroid 携帯」と頭の中で付け加えてくださってかまいません。iPhone 同様にiPad も今注目を浴びていますが、これは大きさや使い方の点でまったく別物です。この本では小さな画面を念頭に置いたデザインに的を絞っていますから、iPad はまた後日ということにします(もちろんiPad 用のアプリ開発にも参考になることはたくさんあるでしょうが…)。

「ギーク」でなくてもOK

 この本はiPhone 流思考法の指南書です。プログラミングの本でもマーケティングの本でもありません。iPhone とそのアプリのデザイン、心理学、文化、使い勝手、人間工学についての本なのです。着想から最終仕上げにいたるまで、最高のiPhone アプリの創り方を解説しています。モバイルユーザー(とその手の指)のニーズに照準を合わせたアプリデザインの構築法とチューニングの方法を伝授します。タッチスクリーン式のモバイル端末のデザインは、ほかのソフトウェアのインタフェースデザインとはまったく違います。ですからベテランであろうと初心者であろうと、すばらしいアプリを創り上げるのに必要な考え方やテクニックのコツをつかむ段階では同じ土俵にいるわけです。

 とはいえ、iPhone のインタフェース要素に関する深い考察は必須です。この本ではボタンやツールバー、そのほかのインタフェース要素について、どう利用すればよいのか、それはなぜかを説明していきます。ただそうした説明も、アプリに対して利用者が何を求め、何を期待しているのかという観点から書きました。この本では随所で身の回りの具体的な物体を例にして設計の際に登場するさまざまな概念を解説していきます。人間味のあるソフトを創り出すために、仮想的なものではなく、実在する「もの」を基本に据えているのです。

 つまるところ、この本は専門家だけを対象にした本ではないということです。対象はアプリデザインの過程にかかわる人すべてです。たとえばデザイナー、プログラマー、マネージャー、マーケティングの担当者、アプリの発注者、そしてiPhone が好きで好きでたまらなくてどんな仕掛けになっているのか知りたくてしかたがない人などです。この本は「理論武装」の機会を与えてくれるはずです。使い心地のよい、使っていて楽しいアプリを創るために、外見的な、あるいは技術的な決定をする際に、その理由を説明できるようになるのです。

 この本のいちばんの狙いは、専門家でも、一般の人でも、誰でも理解できる共通の単語や表現を使って、すぐれたアプリを創るために話し合えるようになることです。そうした話し合いの基盤となる概念や表現を説明していきます。まずそのために、「タップする価値のある」アプリにはどのような要素が必要なのかを見ていきましょう。アプリについて議論する人全員がこの点に関して共通の理解をもてれば、そのアプリが「タップする価値のある」アプリに、もっといえば「思わずタップしたくなってしまう」アプリになる可能性はかなり高くなるでしょう。