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英日翻訳 基礎演習講座

Lesson 5 会話を生き生きと

「英文和訳」から脱皮するための重要な関門のひとつが,ここで扱う会話の訳です。会話には,話し手の言葉をそのまま「」でくくって地の文の挿入してあるもの(直接話法)と,「」なしで地の文に直接織り込んであるもの(間接話法と描出話法)とがあります。いずれの場合も,話し手の言葉(考え)を自然な会話調で訳す必要があります。英語の文章が間接話法だから日本語もそのまま間接話法でよいというわけではなく,日本語でより自然な表現方法を選択します。以下で,直接話法,間接話法,描出話法の例をそれぞれ見ていきましょう。

STEP 1 直接話法

直接話法とは,小説やノンフィクションなどでよく見かけるおなじみの形式で,人の会話を扱う話法のうち,会話の部分が「」でくくってあるもののことです。「」の中には,人が話した言葉がそのまま入りますから,話し手の性格や年齢,性別,社会的背景などをうまく反映させるように訳す必要があります。

"Then I should love Mrs. Reed, which I cannot do; I should bless her son John, which is impossible." (Jane Eyre by Charlotte Bront)

訳例1 「それでは,私はリード夫人を愛するべきですが,それは私にはできません。私は夫人の息子のジョンに神の祝福があるよう祈るべきですが,それは不可能です」

訳例2 「だったら私,リードおばさまを愛さなくちゃいけないんでしょうけど,そんなことできないわ。神さま,おばさまの息子のジョンにどうぞ祝福をってお祈りしなくちゃいけないんでしょうけど,そんなこと,ぜったいできない」

シャーロット・ブロンテの有名な小説『ジェーン・エア』の一節です。まだ幼いうちに両親に先立たれ,その後,叔父の家に引き取られたものの,叔母やいとこから厄介者扱いされ,わずか10歳でローウッドという厳格な寄宿学校へ追いやられた孤独な少女ジェーンが,そこで出会った心優しい友ヘレンに言っている言葉です。ヘレンは,我が身の不幸を嘆くジェーンにこう忠告しました。「新約聖書をお読みなさい。そしてイエス・キリストのお言葉と行動をお手本にするのよ。汝の敵を愛せよ」

不当な仕打ちばかりする冷たいリード夫人と,意地の悪いその息子ジョンに対する10歳のジェーンの恨みや反抗心,幼いころから自分というものをしっかり持っていた理性的なジェーンの一途な性格を思い浮かべながら,せりふをどう訳すか考えてみてください。自分がジェーンの立場だったらどう言うか,ジェーンになったつもりで考えましょう。

訳してみましょう

原文の情報
ジャンル ノンフィクション
翻訳時の注意 Lesson 3で引用したのと同じカナダ人画家(元日本軍の捕虜)の回想録です。1945年に入って空襲が激化したため,川崎の造船所では作業がほとんどできなくなり,捕虜は別のさまざまな収容所へ移送されます。著者アリスター氏は,仲間のひとりと共に隅田川収容所へ。さっそく古株の捕虜に探りを入れ,その収容所の様子を聞き出そうとします。
軍隊でも最下級の兵卒同士の,乱暴な言葉づかいでの会話です。始終空腹に悩まされ,骨と皮と言ってよいほど痩せこけた新入りが,捕虜にとっては最重要事項のひとつである食べ物について,単刀直入に訊いているところを思い描きながら,訳を考えてください。

"How's the grub?"
"Stinkin1)."
"Then why's everyone so bloody1) fat?"
"Stealing," he said2). "We stole copra."
"What's that?"
"Coconut -- we were unloading it all winter."
"Terrific! 1)"
"It's all gone now."

(Where Life and Death Hold Hands by William Allister)

語句

grub
食べ物
stinking
胸くその悪くなる
bloody
べらぼうに
copra
コプラ(ココヤシの胚乳を乾燥させたもの)
unload
(荷を)降ろす
terrific
すばらしい

あなたの訳

 

訳例

「ここの食い物はどうだい?」
「ひでえもんさ」
「じゃ,なんでみんなあんなにどえらく太ってやがんだ?」
「ぬすみを働いたのさ。コプラをね」
「なんだい,そりゃ?」
「ココヤシの実だよ。この冬じゅう,貨車からココヤシをおろしてたんだ」
「そりゃいい!」
「でももうおわっちまったよ」

(ウィリアム・アリスター著 訳『キャンプ -- 日本軍の捕虜になった男』朔北社 2001年)

解説

  1. stinkin,bloody,terrificなど,日常レベルで口にされる乱暴な言葉に適切な訳を当てるためには,対応する日本語の語彙も豊富でなければなりません。きたない言葉,乱暴な言葉,きわどい言葉,ふざけた言葉などを日頃から収集する正当な理由ができて,ちょっとした楽しみにもなるでしょう。あらゆる時代,あらゆる階級,あらゆる職業,あらゆる地方の老若男女の使いそうな会話表現を集めるべく,駅のプラットホームでも電車の中でも,職場でも盛り場でも映画館でもテレビを観ているときも,積極的に耳をそばだててみてください。
  2. 訳例では,原文に1ヶ所あるhe said.の訳が省いてありますが,このhe saidが英文では日本文より頻繁に使われる傾向があります。日本語の会話部分では男言葉や女言葉,世代による用語の違いなどで話し手がはっきり区別できる場合が多いため,「と〜は言った」をいちいち忠実につける必要がないのでしょう。逐一訳していると,しつこく,うるさく感じる場合さえありますので,削除したほうがかえってリズムが出て簡潔明瞭になるケースもあります。

STEP 2 間接話法

間接話法は,say,tell,askなど主文の「伝達動詞」のあとに,接続詞that,whether,ifなどで始まる伝達文が続くという話法です(多くの方は英文法の授業で習ったように,接続詞thatは省略されることがあります)。つまり,だれかが言ったり考えたり書いたりした言葉が節になって主文の中に組み込まれているわけです。伝達文は,話し手が口にしたり考えたりした言葉と完全に同じではなく,主文の主語である人物が自分の言葉に直して語っている形を取ります。伝達文では,動詞が主文の時制の影響を受けたり,代名詞が主文に沿って変えられていたりします。しかし,「話し手の言葉(伝達者の考え)をなるべく会話調で訳す」という話法の原則を常に忘れずに訳せば,躍動感のあるわかりやすい訳文ができます。

とくに新聞や雑誌では,間接話法を頻繁に見かけます。だれかが言った言葉,どこかの企業が発表した内容などを,記者が記事にして読者に伝えているのです。例としてThe Japan Timesから,あの有名なムンクの絵「叫び」がオスロの美術館から盗まれたことを報じる記事の一部をあげます。

A French radio producer, Francois Castang, said he was visiting the museum in Oslo when thieves burst in and made off with the paintings, including the painter's depiction of an anguished figure with its head in its hands. (The Japan Times, August 23, 2004)

訳例1 フランス人のラジオプロデューサー,フランソワ・キャスタン氏は,オスロのムンク美術館を訪れていたところ,強盗たちが押し入って,両手で頭を抱えて苦悶する人物の絵を含む絵を奪って逃げたと言った。

訳例2 フランス人のラジオプロデューサー,フランソワ・キャスタン氏の話では,オスロのムンク美術館を訪れていたところ,男たちが押し入ってきて,両手で頭をかかえて苦悶する人物を描いた「叫び」などを奪って逃げたという。

訳例1では「フランス人のラジオプロデューサー,フランソワ・キャスタン氏は,」と「と言った。」の間に,このプロデューサーの言った内容がはさまれてしまっているので,一読したときに,その内容がまとまった鮮明な形で頭に入って来ないという難点があります。訳例2のように「フランス人のラジオプロデューサー,フランソワ・キャスタン氏の話では,」と始めれば,この問題は解消できます(文末は「という」でまとめればすっきりします)。こうやって「以下はこのプロデューサーの言った内容ですよ」と宣言してしまえば,読者はそのつもりで読み進むはずですから,理解しやすいのです。

訳してみましょう

原文の情報
ジャンル 新聞記事(自然保護)
翻訳時の注意 捕獲してきたクロマグロを日本向けに生けに入れ太らせる「蓄養業」がクロマグロの絶滅を招きかねないと世界自然保護基金が警告している内容の記事です。新聞記事ですので,文の構造はわかりやすいものになっています。そのとおり明快な訳を目指してください。訳文は新聞記事ですので「である調」にします。

The World Wide Fund for nature warned in a recent report that illegal fishing for bluefin tuna is pervasive in Europe to meet Japanese market demand1).

The report2), "Tuna Farming in the Mediterranean: the bluefin tuna stock at stake," criticizes the European Union for legal loopholes that allow tuna farms to benefit from aquaculture subsidies.

It2) notes that tuna faming, or the fattening of wild tuna in cages, is not aquaculture, in which fish are bred and reared in captivity, and that the expansion of tuna farming in the Mediterranean could soon result in the commercial extinction of the highly endangered bluefin tuna1).

The Japan Times, Saturday, July 3, 2004)

語句

World Wide Fund for nature
世界自然保護基金(WWF)
bluefin tuna
クロマグロ
pervasive
広く行き渡った
at stake
危うくなって
farming
蓄養
aquaculture
養殖
subsidy
補助金
endangered
絶滅寸前の
extinction
絶滅

あなたの訳

 

訳例

世界自然保護基金(WWF)が最近発表した報告書で警告しているところによると,ヨーロッパで日本市場向けにクロマグロの不法な漁業が広く行われているという。

この報告書は「地中海におけるマグロ蓄養業―危機に瀕するクロマグロ資源」と題したもので,WWFはこの中でマグロ蓄養事業への補助金を許している欧州連合の法の抜け穴を批判している。

そして,こう指摘している — 生け簀で天然マグロを太らせる蓄養は,人工孵化で生まれ育てられた親魚が産んだ卵を再び孵化させる養殖とは違う,地中海におけるクロマグロの蓄養が拡大すれば,絶滅の危機に瀕しているクロマグロが商業漁業のせいでほどなく絶滅してしまうだろう,と。

解説

  1. 間接話法の例は第1段落と第3段落にあります。より詳しくはLesson 6で勉強しますが,原文の語順に従って,まず文頭から訳しています。とくに第3段落では,伝達動詞の訳を文末に持ってくる形にすると,最後まで文全体の構造が把握できず,冗長でわかりにくい訳文になってしまいます。
  2. 第2段落と第3段落では,Lesson 2で勉強したように,無生物主語である「報告書」が主語にならないよう工夫しました。

STEP 3 描出話法

描出話法は会話,あるいは作者や登場人物の考えなどが,「」なしで地の文にじかに織り込まれて,心の中での独白のような特有の効果を生む話法です。直接話法や間接話法ほど頻繁には見かけませんが,小説などで効果的に使われます。直接話法の手法を活かすようにして,できるだけ会話調で翻訳するのが,わかりやすく躍動的な訳文を作るこつです。

...... I walked back in high spirits to Farnham. The local house agent could tell me nothing about Charlington Hall, and referred me to a well known firm in Pall Mall. There I halted on my way home, and met with courtesy from the representative. No, I could not have Charlington Hall for the summer. I was just too late. It had been let about a month ago. Mr. Williamson was the name of the tenant. He was a respectable, elderly gentleman. The polite agent was afraid he could say no more, as the affairs of his clients were not matters which he could discuss.

(The Mystery of Solitary Cyclist by C. Doyle)

訳例1 私は意気揚々とファーナムへ戻った。そこの不動産屋へ行ってチャーリントン屋敷のことを尋ねてみたが何もわからず,ロンドンのペルメル街にある有名な不動産屋を紹介してもらった。そこで帰りにペルメル街へ回って,その不動産屋に寄ってみると,そこの主人が次のように丁寧に答えてくれた。その夏はチャーリントン屋敷は借りられない,ひと足遅かった,ひと月ほど前に貸借の契約ができてしまった,借り手はウィリアムソン氏という立派な年輩の紳士だ,客のことを立ち入って話すのはご法度なので,それ以上は話せないが。

訳例2 私は意気揚々とファーナムへ戻った。そこの不動産屋へ行ってチャーリントン屋敷のことを尋ねてみたが何もわからず,ロンドンのペルメル街にある有名な不動産屋に訊いてみてください,と言われた。そこで帰りにペルメル街へ回って,その不動産屋に寄ってみると,そこの主人が丁寧に答えてくれた。あいにくこの夏はチャーリントン屋敷はお借りになれません。ひと足遅かったですね。ひと月ほど前に貸借の契約ができてしまいまして。借り手はウィリアムソン氏という立派な年輩の紳士です。お客様のことを立ち入ってしゃべるのはご法度ですので,これ以上はお話しできませんが。

訳例1ではペルメル街の不動産屋の言葉に平板で硬直した感じがあるのに対して,訳例2は会話調を活かしたことで,生き生きとした訳になっています。また,小さな例ではありますが,and referred me to a well known firm in Pall Mall. の部分も直接話法のこつを使って会話調にすることにより,ダイナミックな訳にできます。つまり,「有名な不動産屋を紹介してもらった」ではなく「有名な不動産屋に訊いてみてください,と言われた」とするわけです。

描出話法が直接話法とどう違うかは,原作に含まれている描出話法の部分を直接話法に直してみるとはっきりするでしょう。

訳例3 ……そこで帰りにペルメル街へ回って,その不動産屋に寄ってみると,そこの主人が丁寧に答えてくれた。「あいにくこの夏はチャーリントン屋敷はお借りになれません。ひと足遅かったですね。ひと月ほど前に貸借の契約ができてしまいまして。借り手はウィリアムソン氏という立派な年輩の紳士です。お客様のことを立ち入ってしゃべるのはご法度ですので,これ以上はお話しできませんが」

上の描出話法では,「私」が2軒の不動産屋に立ち寄って質問した状況をひとまとめに回想して簡潔に伝達しています(それでいて,描出話法のおかげで間接話法よりは臨場感のある伝達文になっています)。これに対して下の訳例3の直接話法の例では,1軒目の不動産屋へ行ったことをまず「私」の回想で伝達しておいてから,2軒目の不動産屋の直接話法による会話に改めて焦点を当てています。このため,2軒目の不動産屋の会話が,この場面には不必要なほど強調されてしまいます。

訳してみましょう

原文の情報
ジャンル ノンフィクション
翻訳時の注意 カナダ人画家の回想録を再度取り上げます。ヨーロッパが終戦を迎えたにもかかわらず,日本軍は抵抗を続けているため,川崎にいる著者ら捕虜の立場はまったく変わらず,何の救いの手もさしのべられません。このまま欧米の仲間から忘れ去られてしまうのではないか,と捕虜たちは焦り怒ります。

…… Roosevelt dead, Russians in Berlin, Europe at peace, Fascism dead and gone, everyone going home ... yes, but -- hey, wait a minute -- wasn't there some little pocket of resistance holding out? Oh yeah -- Japan -- way off there in a far corner of the globe, a mere bagatelle ... but, hey, weren't there some prisoners there -- been there for a long time? Can't remember now, can you? No, forget it -- war's over. Pass the champagne!

(Where Life and Death Hold Hands by William Allister)

語句

pocket
[軍事用語](敵中に残されて)孤立した地帯や軍
hold out
もちこたえる
bagatelle
つまらないもの

あなたの訳

 

訳例

ルーズベルトが死に,ロシア軍がベルリンを占領し,ヨーロッパに平和がもたらされ,ファシズムが死に絶え,だれもが家路についた。だが,おい,ちょっと待てよ。ほんのわずかだが,抵抗して最後までがんばってるやつらがいたんじゃなかったか。ああ,そうだ。日本に。地球のほんのすみっこに。あすこには捕虜になった連中がいるんじゃなかったっけ? 長いこと抑留されて。思い出せないなあ。きみ,おぼえてるかい? いいや。まあいいってことよ。戦争がおわったんだ。そのシャンペンをこっちにまわせよ!

(ウィリアム・アリスター著 訳『キャンプ -- 日本軍の捕虜になった男』朔北社 2001年)

解説

yes, but -- hey, wait a minuteから描出話法の部分が始まります。こうして地の文に会話が直接織り込まれることによって,独特の躍動感とリズムが生まれます。それを訳文で活かすためには,直接話法を訳すときの要領で,つまり,「」がなくても会話調で訳すわけです。この例では,上のシャーロックホームズの不動産屋ひとりの会話と違って,2人の会話が描出話法になっています。

大原則5 会話は生き生きと,臨場感が出るように

会話部分は重要なポイント。原文の会話の流れやリズムが最大限に再現できているか,場面や人物の性格,社会的背景などが正確に反映されているか,臨場感が出ているか,といった点を念頭に置き,何度でも推敲しましょう。

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