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マーリンアームズ株式会社

DHC翻訳若葉荘「本日の講義」

第10回 翻訳を科学する その1(2005年6月配信)

「大仰なタイトルなり。『科学』は名詞なりよ。動詞にはしないなりよ」とチャーリー(武舎注:このメルマガの前振り部分に登場する言葉を話すネコ?)に思われたかもしれませんが、ゴールデンウィーク中、『バック・トゥ・ザ・フューチャー 』3部作を見ながら構想した、新トピックの始まりであります。

このメルマガでは最初に「機械翻訳(翻訳ソフト)」について、その活用法や仕組みなどを紹介しましたが、だんだん話がマニアックになっていましたので、そちらは私のホームページの方に移動して、メルマガでは「翻訳のためのインターネット活用法」を数回にわたってご紹介してきました。

ホームページの翻訳ソフトに関するご紹介も「当面皆さんのお役に立ちそうなところは一通りご紹介したかな。さて、次はどうしよう」と思っていたところへ、我が家の一大事となった「化学物質過敏症騒動」が持ち上がって、こちらの方の更新はストップしていました。

一方、検索エンジンなどインターネットの活用法のお話もそろそろ「書きたいことはだいたい書いたかな」といったところで、次のメルマガのネタを何にしようかと悩みつつゴールデンウィークを迎えました。メルマガの担当者の方には「オンライン講座の紹介とかいかがですか」などと言われていたのですが、「あまり正面切って宣伝するのもな〜」。

◆◆◆◆◆

「ガシャ〜、ガサガサガサ」。「いったい何が起こったんだ」。親子3人、ヤクルトスワローズの帽子をかぶって神宮球場に向かう途中、我々家族の乗った車は突然の衝撃を受けました。「メルマガの次のネタ」に気を取られていたわけではなく(潜在意識の隅にはあったかもしれませんが)前方にいた駐車場の誘導員が我々の方向を見ながら、「こっちへおいで」をしていたのです。高速道路を降りて、緩やかに右方向にハンドルを切りながら一般道に合流しようとノロノロと走っていた私は、一瞬その誘導員に気を取られていたのです。

一般道を直進していた相手の運転手さんも恐らく誘導員に気を取られていたのでしょう。私たちの車がノロノロと前に入ってきているのに気づかずに進んでいたようです。お互い道路脇に車を寄せて顔を見合わせてみると、なんと先方は息子と同じヤクルトスワローズ・ファンクラブの帽子をかぶっているではありませんか。そのせいがあったかどうか分かりませんが、まあ大声でののしり合うこともなく、すぐそばにあった交番に行って報告をし、保険会社に連絡をして、「ヤクルトの勝利を祈りましょう」と言い合って、その場は一件落着となりました。阪神ファンでなくてよかった(ホッ)。横から入ってきた私の方がどうやら責任は重そうです(ショボン)。

しっかりしているのは駐車場の誘導員です。探しても見あたらないのです。事故だと見てとった瞬間に雲隠れしてしまったのですね。「おまえが一番悪い!」

さて、1時間ほど遅れて到着した神宮球場はゴールデンウィーク初日に「野球でも行くか」と繰り出した人々で超満員。我々は何とか座る場所を確保しましたが、立ち見がいっぱいでした。野球をボーッと見ながら考えるとはなしにメルマガのことを考えていた私に、あるアイディアがひらめいたのです。「そうだ、例によって、全部やっちゃえばいいのだ」

DHC-オンライン講座で我々が提供させていただいている内容のさわりをご紹介しつつ、翻訳の勉強をなさろうとしていらっしゃる方には翻訳のテクニックをご紹介しつつ、ベテラン翻訳者の方にも新たな視点をご提供しつつ、私たちが開発している翻訳ソフトについてもご紹介してしまおうという欲張りなアイディアであります。四兎を追う者は一兎をも得ずとなるか、一兎ぐらいは得ることができるのか……

◆◆◆◆◆

『翻訳を科学する』の最初のトピックは「品詞変換」です。「科学」は名詞ですが「科学する」は(ちょっとアヤしい)動詞です。最近では「かかぐる」という「動詞形」もあるようです(Copyright 朝日新聞社)。原文では名詞なのに訳文では動詞にする、逆に動詞を名詞に訳すなど、品詞の枠を超えた訳文を作るのが翻訳における「品詞変換」です。

これができなければ「翻訳者」と名乗ることはできません。しかし、これができなくても「翻訳ソフト」と名乗ることは可能です。というより、発売中のもので、これができる翻訳ソフトはありません。でも、私たちが開発している翻訳ソフトではこれができます(エッヘン)。しかし、仕組みとしできているだけで、まだデータの量(辞書)が小さいので、必要なときにはいつでもこのテクニックを駆使できるというところまでは到達していません(ショボン)。翻訳ソフト用の辞書の作成には時間とお金がかかるのです。今をときめく○○○○さんの会社の方も興味を示して弊社を訪ねてくださったのですが、「すぐにはできそうにはないですね」と帰って行かれました。××××の買収に必要な額の1/100で当座は十分なんですけど……

話を戻して、品詞変換の例文を見てみましょう。

Familiarity with Internet email systems is a must.
訳例)インターネット電子メール・システムの熟知は、必要である。

この訳例はある翻訳ソフトが出してきたものですが、まあこれでも何とか意味はわかりますね。高校の英文和訳の解答ならば○がもらえそうです。でも、少なくとも翻訳者としてはちょっと気持ちが悪い。「熟知は必要である」とは言いません。

そこで翻訳者は、たとえば次のような訳を考え出します。

訳例2)インターネットの電子メールシステムについて熟知している必要がある。
訳例3)インターネットの電子メールシステムについてよく知っている必要がある。

もともとの familiarity は名詞ですが、訳文にある「熟知している」とか「よく知っている」は、いずれも名詞ではなく動詞です(動詞ではないとお考えの方もいらっしゃるかもしれませんが、いわゆる用言であることに間違いはないでしょう)。名詞を別の品詞に変換して訳文を作るので「品詞変換」というわけです。

この品詞変換のテクニックはさまざまな場面で応用できます。次の3文は、DHC-オンライン講座の『英日翻訳基礎演習コース』から取った例です。いずれも品詞変換をした方が自然な日本語になると思います。お試しください。ご参考までに翻訳ソフトで訳しておきました。

Some boys wore red caps. 
一部の少年は、赤い帽子をかぶった。
Old people often fall and break their hip bone.
高齢者は、しばしば倒れて、彼らの腰の骨を折る。
The application of the theorem significantly reduces tedious calculations.
定理の適用は、かなり退屈な計算を減らす。

ここで、品詞変換の作業を行う翻訳者の頭の中を分析してみましょう。多分、「熟知は必要である」に似たような表現を一旦はワープロで入力しているか、そうでないにしても頭の中ではこのような解釈を作り上げているのではないかと思います。しかし、日本語を検討したとき「熟知は必要」といった表現が不自然であると感じて、品詞変換作業を行うのでしょう。

この様子は、次の例文と訳例を考えてみるともう少しよくわかるように思います。

Some familiarity with Internet email systems is recommended.
訳例1)インターネット電子メール・システムの若干の熟知は、推薦される。
訳例2)インターネットの電子メールシステムについて、ある程度の知識をお持ちの方を対象としています。

例によって訳例1は翻訳ソフトによる「直訳」です。「若干の」が「熟知」を修飾したり、「熟知」が「推奨」されることは、日本語では普通はないわけで、気持ちが悪い。そこで、別の訳を考えます。familiarity with ... とくれば、いつも「〜を熟知している」と訳してよいというわけでは決してありません。日本語にしてみたときにおかしいから、その日本語を直すという操作が翻訳者の頭の中で行われているのです。

いわゆる英文和訳や機械翻訳では、日本語の表現を直すという操作は行われません(行えません)が、翻訳者の頭の中では、日本語内部の知識を利用して自然な日本語、わかりやすい日本語に直すという操作が行われているわけです。

この操作を使われている「辞書」(単語に関する情報)という観点から見てみましょう。英文和訳や機械翻訳で使われているのは、一般的な「英和辞典」だけです。ある英単語がどのような日本語に対応しているかが分かればこのレベルの訳は生成できるわけです。

翻訳者の頭の中でも、もちろん「英和辞典」は使われています。

しかし、翻訳者の頭の中では、英和辞典に書かれていることのほかに、日本語の中で語と語の関係を記した「辞書」も利用されています。「熟知」は「熟知する」とか「よく知っている」といった表現に品詞変換できる。「若干の熟知」と続いたり、「熟知」が「推奨」されることは日本語では普通はない。こういったことを記憶している「辞書」があって、その内容が使われているわけです。

「若干の問題」「若干の遅延」「若干の考察(を加える)」などはごく普通に使われますが、「若干の起動」「若干の開始」「若干の修了」「若干の呼び出し」などはどうも変です。こういった膨大な語と語の関係が記述されている辞書が頭の中には入っていて、これを使ってよりわかりやすい、自然な表現を選び出しているわけです。

翻訳ソフトで、翻訳者のような訳文を生成しようとすれば、当然同様の知識が必要になるはずである。そのような知識を有効に利用できるシステムにしなければ自然な訳は出せない。これが、私たちが新しい翻訳ソフトを作ろうとしたときに考えたことです。そこで、我々のシステムではこのような日本語内部の情報を利用して、品詞変換を行うことが可能になっているわけです。

それでは、また次回。


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