マーリンアームズ株式会社

DHC翻訳若葉荘「本日の講義」

第27回 翻訳を科学する その16 「」と『』を科学する (2007年9月配信)

ある日曜のこと、お昼ご飯を食べ終え、畳の上にごろんと横になって新聞を読み始めました。1面とスポーツ面は朝起きたときに読んだので、今度は最終面から前に戻って面白そうな記事を拾い読みしていきます。なぜか、寝転がって読むときは、後ろの面から読んだ方が読みやすいのです。

もう一度、スポーツ面の、今度は細かい記事に目を通し、真ん中あたりの書評面に到達しました。職業柄、書評欄はある程度しっかりと読んでいます。知人やお師匠さんの訳書や著書を見つけたりすると「○○さん、またこんなの出したよ。これも売れそうだな〜。●●さんの話だと前回のシリーズで『マンションご購入』だったそうだから、今度は別荘ご購入かな〜。いいな〜」などと、近くにやってきた(これまた翻訳をしている)カミさんに声をかけ、そこから昔話に花が咲いたりすることもあります。

ふと紙面の下の方に目をやると「イルカと鯨」という文字が目に入りました。「イルカとクジラか。どれどれ」と中味を読みます。というのは、この講義でも時々ご紹介していますが、去年の夏に鯨の本を訳してから、海洋に関する図鑑が2冊にスキューバダイビングの本と、連続して4冊も海関連の本を訳しているので、この方面の話題になると、「鬼太郎の妖怪アンテナ」が立ってしまうというわけです。なになに……

90年代から日本でも、鯨類の観察・見物はマリンレジャーとして定着してきた。トレバー・デイ著『ザ・ホエールウォッチング』は、生態と種ごとの見分け方などをまとめたガイド。著者は英国のサイエンスライターで、観察場所の解説は欧米中心だが、豊富な図版は眺めていて楽しい。

「あれー、『ザ・ホエールウォッチング』って同じタイトルじゃん。同じような本、何冊も出てくるんだな〜。えっ、トレバー・デイって、あの人ジャン」

というわけで、我々の訳書が全国紙の書評欄に初めて掲載されたのでした。うれしいことに、右側に掲載された写真の隣には「武舎広幸ほか訳」と名前が入っております(哀れ、カミさんの名前は省略されております。スマン)。

内容は現在朝日新聞のウェブページ(http://xrl.us/maasahi1)でご覧いただけますので、よろしかったらどうぞ。悲しいかな、ウェブページでは私の名前も省略されております(グスン)。そもそも、表紙には著者と監修者の名前しか載っていなくて、奥付に載っているだけなので仕方がないのですが、紙面で載せていただいただけでも感謝しなくてはなりますまい。なお、この本についてはAmazonの「なか見!検索」が可能ですので、こちらもよろしかったらどうぞ(http://xrl.us/maamazon1)。「なか見!検索」をクリックしていただいて、「後袖」をクリックしていただいて、「前のページ」に戻っていただいて、「拡大」ボタンを押していただくと、やっとのことで我々の名前が表示されます。

『ザ・ホエールウォッチング』が載ったのなら500ページを超える(自称)大作の『海洋大図鑑』(http://xrl.us/maocean)もどこかの書評に載ってもいいはずだな〜、とGoogleで検索してみると、なんとあったのです。毎日新聞の書評欄で簡単に紹介されていたようです(http://xrl.us/5pt2)。こちらは、朝日新聞とは逆でウェブページには、オンライン講座の卒業生の正田さんやカミさんを含め、訳者全員の名前を載せていただきましたが、あとで図書館でコピーを取った新聞の紹介には、総監修者のお名前は記載されていますが、私たちの名前は「しっかりと」省略されておりました。まあ、紙媒体とウェブの性格の違いを考えると、毎日新聞の扱いの方が妥当かなとも思いますが、訳者としては「どっちにも、載せてくれよ〜」という気持ちであります。

極めつけはAmazonの『海洋大図鑑』のページに掲載されている「カスタマーレビュー」の文章(抜粋)です。

大迫力のフルカラー500ページの大図鑑!
はっきり言って、私には一生かかっても全て読めそうにありませんが、うつくしい写真やイラストは、あなたの知的好奇心を十分満足させるでしょう。
原本となる英語版の日本語訳ですが、名古屋港水族館のスタッフが全面協力というだけあって、日本語版にありがちなぬかりを全く感じません。

お褒めいただいてありがとうございます。ヒトツだけ言わせてください。「生物の名称や専門用語の訳をヒトツヒトツ調べたのは我々翻訳者なんですけど……」。

まあ、ひがみっぽい愚痴は止めにしておきましょう。1冊の翻訳書ができるためには、著者はもちろん、我々の訳文をチェックしてくださる編集者や監修者の先生や表紙のデザイナーをはじめとして、DTP、印刷、宣伝、運送などなど、たくさんの方のお力を借りなければなりません。自分の名前が残るだけでも感謝しなければなりますまい。

自分の訳書の紹介はこれくらいにして、ひとつ、知人の本を紹介させてください。『Google 表現検索テクニック』(安藤進著、丸善、http://xrl.us/maando1)です。安藤さん、昔、あるセミナーでともに講師としてご一緒させていただいた、私の(多分)先輩の翻訳者なのですが、すでにGoogle活用本を何冊か書いていらっしゃいます(「マンションご購入」になったかは伺っておりません)。Googleの活用法を解説した本はあまた出ておりますが、その中で安藤さんの本をお薦めする理由は、翻訳者の立場から書かれているということです。自分が翻訳で困ったときにGoogleを使ってどう解決したかという視点で書かれているのです。まずは、ウェブで公開されている安藤さんのコラム(http://xrl.us/maando2)をご覧ください。

前置きが長くなりましたが、本題に入りましょう(えっ? 「前置き」とは思えない長さだった?)。ところで、前置きが長くなったのには理由があります。「いいネタが思い浮かばないから、自分の本の宣伝で埋めたんだろう!」とおっしゃるあなた。半分正解です。もう半分は鉤括弧(「」と『』)の使用例をあげるためなのです。

私が学校で鉤括弧の使い方を教わったのは恐らく小学生の時だったと思います。丸山先生か一ノ瀬先生の国語の授業で次のような説明を受けた気がします(お二人とも鬼籍に入られました。ご冥福をお祈りいたします)。

「...」(かぎかっこ)は誰かが言った言葉を表します。『...』(二重かぎかっこ)は誰かが言った言葉の中で別の人が言った言葉を表します。

中学時代以降、これ以外の使い方は学校では教わったことはないような気がします。しかし、鉤括弧はじつはこれ以外にも色々な役目を担っています。どんな役目があるかを調べるために、これまでのところで使った例を全部あげてみましょう。

  1. 「○○さん、またこんなの出したよ。これも売れそうだな〜。●●さんの話だと前回のシリーズで『マンションご購入』だったそうだから、今度は別荘ご購入かな〜。いいな〜」
  2. 『マンションご購入』 ←上の文章の中
  3. 「イルカと鯨」
  4. 「イルカとクジラか。どれどれ」
  5. 「鬼太郎の妖怪アンテナ」
  6. 『ザ・ホエールウォッチング』
  7. 「あれー、『ザ・ホエールウォッチング』って同じタイトルじゃん。同じような本、何冊も出てくるんだな〜。えっ、トレバー・デイって、あの人ジャン」
  8. 「武舎広幸ほか訳」
  9. 「なか見!検索」
  10. 「後袖」
  11. 「前のページ」
  12. 「拡大」
  13. 『海洋大図鑑』
  14. 「しっかりと」
  15. 「どっちにも、載せてくれよ〜」
  16. 「カスタマーレビュー」
  17. 「生物の名称や専門用語の訳をひとつひとつ調べたのは我々翻訳者なんですけど……」
  18. 『Google 表現検索テクニック』
  19. 「いいネタが思い浮かばないから、自分の本の宣伝で埋めたんだろう!」

この中で、小学校の授業で習った鉤括弧の使用法に厳密に当てはまるのは1と2だけなのです。4、7、15、17、19はこれの親戚のようなもので、言葉としては出さないものの、頭の中で考えたこと、思ったことを表現しています。これらは同類と見なしてよいでしょう。

ほかの用法はどのような役目をしているのか、おおざっぱに分類してみましょう。

(ア)記事などの表題(タイトル)を表す — 「イルカと鯨」「カスタマーレビュー」
(イ)引用を表す — 「武舎広幸ほか訳」
(ウ)書名を表す — 『ザ・ホエールウォッチング』『海洋大図鑑』『Google 表現検索テクニック』
(エ)ボタンやリンクを表す — 「なか見!検索」 「後袖」「前のページ」「拡大」
(オ)その他 — 「しっかりと」「鬼太郎の妖怪アンテナ」

まず、共通しているのは、地の文から目立たせて囲んだ部分を何らかの単位としているということです。これが括弧の役割の基本にあることは間違いありません。

(ア)(イ)(ウ)の使い方は、一般の文章でもよくみかけるものです。書名や雑誌名などは『』で囲む、記事名やタイトルなどは「」で囲むというのが原則です。

(エ)の 「後袖」「前のページ」「拡大」はリンクになっている項目です。コンピュータ関連のマニュアルなどでは、メニュー項目なども「」に囲んで示すことがありますね。「編集」メニューから「コピー」を選んでください、といった具合です。個人的には、最近こういった場合には[編集][コピー]などと「角括弧」を用いるようにしています。こうするとメニュー項目(あるいはボタン名など)だということが明確になりますので。

(エ)の「なか見!検索」もリンク項目ではありますが、「カスタマーレビュー」と同じような項目名であるとも見ることができます。いずれにしろなか見!検索と書いたのでは、地の文に混ざってしまって訳がわからなくなりますので、対策が必要です。そうなると鉤括弧で囲むのがよいということになるでしょう。

(オ)の「鬼太郎の妖怪アンテナ」「しっかりと」は「その他」としてまとめましたが、この2つにも微妙な違いと、共通点があります。まず、共通点としては、どちらも「」がなくても読みにくくはならないという点があげられます。「私たちの名前はしっかりと省略されておりました」と書いても普通に読めるわけです。しかし、「しっかりと」が括弧に入っていることで、この「しっかりと」は普通の意味で使っているのではなく、ちょっと皮肉がこもっているというような特別な意味を表すことができます。書籍の場合でしたら、「傍点」を付けても同じような意図を表現可能です。メルマガでは傍点は無理ですがね。

この「」の使い方は便利ですので覚えておくとよいですよ。ちょっと、ずれてしまうのだけれども、この言葉が感覚的には合っているといった場合に重宝します。「知っていて、意図して使ってますよ」と宣言できるわけです。

「鬼太郎の妖怪アンテナ」は括弧があることによって、比喩として用いていることがはっきりします。「皆さんご存じの」といった感じが出てきますよね。

まとめの意味で、Wikipediaの「括弧」の項目(http://xrl.us/mawiki2)をご紹介しておきましょう。他の括弧についても記述がありますので、参考にしてください。何ですか、ヒロシ君?「この講義の意味はなかったんじゃないか? Wikipediaを最初から読めばいいじゃないか?」。そんなことはありません。具体例を読んでからだと、もっと分かりやすいでしょ。定義ばかりじゃ、読みにくいでしょう。

ところで、皆さん。今日登場したアドレス(URL)はみんな、ヤケに短いと思いませんでしたか? それに、朝日新聞や毎日新聞のサイトなのに、xrl.usなんてなっています。でも、たどってみるときちんと朝日新聞や毎日新聞のサイトに行き着きますよね。

じつは、「この講義に引用するURLが長すぎて、読みにくいな〜」といつも思っていたのですが、この間改訂作業をした『Google Maps Hacks — 地図検索サービス徹底活用テクニック』(オライリージャパン)を見ていて思い出したのです。URLを短くしてくれる無料のサービスがあるのです。Metamark Shorten Serviceというもので、なが〜〜いURLを上で登場したような短いものに変えてくれます。短いURLをクリックしても、元々のページに連れて行ってくれるというわけです。機会があったらご利用ください。

ここにあげさせていただいたページの管理者の皆さん。正式なURLを使っていませんが、講義をお聞きの皆さんが、アクセスすれば正式なURLが表示されますので、お許しください。

それでは、また次回! 季節もよくなって、翻訳の勉強には最適ですよ〜! がんばりましょうね。

 


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