DHC翻訳若葉荘「本日の講義」
第17回 翻訳を科学する その7 句読点を科学する その3(2006年5月配信)
思い起こせば1年前、「翻訳を科学する」のタイトルが「灰色の脳細胞」から生み出されたのは、神宮球場に野球を見に行って、ウン十年間無事故を誇っていた私が、生まれて初めて車を他の車にぶつけてしまった日のことでした(第10回の講義)。月日は流れ、またまたゴールデンウィークが巡って参りました。皆様のゴールデンウィークはいかがだったでしょうか。今年はお休みがうまい具合に続いたので、遠出なさった方も多かったのでは。オンライン講座を受講中の皆さんは、添削課題の翻訳は進みましたか?
さて、私の方はゴールデンウィーク直前に久しぶりの翻訳書が出版されました。以前この講義でもお話ししましたが、私が書籍翻訳の世界に入ったのはアップルコンピュータが発売するパソコン「マッキントッシュ」の壮絶な開発を描いたノンフィクション『マッキントッシュ物語』(1994年、翔泳社刊)がきっかけでした。それから12年の時を経て、iPodで人気絶頂にあるアップルコンピュータの誕生からの悲喜こもごもをアップルの「番記者」が熱く描いた『アップル・コンフィデンシャル2.5J』というアップルがらみの本を再度出版することになりました。しかし、めちゃくちゃですな。よくつぶれなかったものです。結局、会社が大きくなるのは運次第なのではないかという気になってしまいますね、内幕を読んでみると。最近iTunesなどアップル関係の話題がしばしば登場していたのは、この本を翻訳していたせいもあったのです。翻訳をするときはその世界に没入していますので。
2.5Jという奇妙な「バージョン番号」が付いているのを不思議に思われた方もいらっしゃると思います。原書の題名には『第2版』の意味で2.0がついています。その2.0に日本人の「アップル番記者」の林信行氏が2割ほど独自の話題を加筆していらっしゃるので、2.5Jというわけです(私も多少最新情報を追加しましたが)。この本の第1版(1.0)が出版されたのは7年ほどで、重複部分はそのときの翻訳を参考にすることができました。翻訳者としては独自の訳に固執したいわけで、ウチのかみさんと一緒に二人でああだこうだといいながら全部訳し直しました。前の版が使えて、しかも日本語の書き下ろしも加わるというので、印税は削られてしまいましたが(トホホ)。でも、この本、アマゾンのランキングでは発売前から2桁台の順位を記録していました。翻訳が終わってしまえばあとは本屋さんに任せるしかありません。「果報は寝て待て」(詳しくはこちらのページをどうぞ)。
宣伝はこれくらいにしまして、前回の講義の終わりを思い出しましょう。「?」や「!」の後に書く空白文字は半角がよいか全角がよいかという問題を、ハンゼンとさせるのが今回の主題です。
この講義の準備をしているときに、おあつらえ向きの「事件」が起こりました。私は野球だけでなくサッカーも大好きで、なんと小学生チームのコーチまでしています。日本のスポーツ振興に一役買おうとサッカーくじの「toto」も以前はときどき買っていました。ところが、しばらくするといつも買っていた売り場がなくなって、買えなくなってしまいました。寂しがっておりましたが、新聞によると、インターネットで買えるようになったとのことなので、それならと思って先日totoのサイトを開きました。
購入のための登録画面を開いて、びっくり。氏名のフリガナを「半角カタカナ」で入れろと書いてあったのです。というのは「半角カタカナ」はインターネットの厄介者でして、訳のわからない文字が表示されてしまう「文字化け」の大きな原因のひとつなのです。totoのシステムを作る開発者がこれを知らないはずはないのですが、一体何を考えているのでしょうか。そもそも、半角カタカナなんていうのは業界用語でしょう。一般の人に意識させるべき言葉ではありません。必要ならばプログラマーが自分で「全角」を「半角」に変換すればすむ話です。
ところで、翻訳者(の卵)の皆さん、携帯メールでは一般的なようですが、パソコンでは、とくに翻訳原稿では、半角カタカナは使わないでくださいね! totoのサイトのように、そうしろというアホな指定がされていない限りは...。念のためですが、半角カタカナとは、普通の文字に比べて幅が半分の、濁点や半濁点が独立した1文字になっているもののことです。添削課題に使ってあったら減点ですよ〜。
半角カタカナはなぜ文字化けの原因となるかと言いますと、「文字コード」というものが絡んでおります。詳しい話を書くと皆さん居眠りを始めるでしょうから、ここではバサッと省略しますが(「半角カタカナ」などでネット検索してみてください)簡単に言ってしまうと、虫垂(盲腸)のような存在なわけです。かつてはきちんとした役割を演じてはいたものの、今となっては炎症(文字化け)を起こして悪さをするばかりの存在となってしまっているわけです(こんなたとえをしましたが、虫垂には私たちにはまだわかっていない重要な役割があるのかもしれませんので「現時点における世間一般の認識としての虫垂」と捉えておいてください)。
このように半角カタカナは鬼っ子のような存在ですが、半角スペース(仮名漢字変換をオンにしていない時に入力されるスペース)は別に鬼っ子ではありません。英語の文章を書くときはこれを使わなければ書けません。ちなみに、お隣の韓国では、空白文字は日本で言うところの半角スペースしか使わないと、私が韓国に住んでいたとき同僚のプログラマーが言っておりました。カンマ(,)も「!」も「?」も半角だけだそうです。
韓国のように半角スペースだけで押し通す手もあったはずですが、日本の規格(「JISコード」)を決めた方々は全角のスペースも作ることにしました。その理由は? 私は、原稿用紙文化ではないかと考えております。日本では原稿は原稿用紙の升目を埋めて書かれてきました。原稿用紙に書くと必然的に上下左右文字がそろっているわけです。それが美しいと考えているわけです。そのような世界で半角スペースは鬼っ子であります。
1. 佐智子はどこへ行っていたのだろうか? 誰にもわからなかった。
2. 佐智子はどこへ行っていたのだろうか? 誰にもわからなかった。
3. 佐智子はどこへ行っていたのだろうか? 誰にもわからなかった。
2. のように、全角「?」に半角のスペースを入れては、升目からずれてしまうのです。日本語の文字は横幅が同じで、きれいに並ぶようにできているという原則が崩れてしまうわけです。その文字以降、すべての文字を升目の線上に書いていくなどと言うのは手書きではあり得ない話ですから、全角の「?」を使ったのなら、その後に半角文字分だけあけるという選択肢はナシというわけです。3.のように半角の「?」に半角のスペースというのはアリだとは思いますが、「ちょっと美しくないな〜」というのが私の考えです。
「原稿は原稿用紙に書かれてきた」。この事実を頭に入れておくと、いろいろなことが説明できるようであります。
それではまた次回。私の方はゴールデンウィーク中に考えた、次のトピックの構想を練っておきましょう。事故は起こさないように気をつけて、と。
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