マーリンアームズ株式会社

DHC翻訳若葉荘「本日の講義」

第23回  翻訳を科学する その12 バランスを科学する(2) (2007年3月配信)

前回のメルマガをお送りしたときも、海に関する本の翻訳をしていたのですが、そのあと、もう1冊似たような本の翻訳のお話をいただいて、鯨の本から3冊、海づくしの日々を送っています(Marlin Armsという我が社の名前にピッタリではありますが)。

3冊ともとてもとても写真が美しい本で、眺めているととてもとても癒されるのですが、一方では、とてもとても色々な生物が出てきて、「人間とは、生物とは、生命とは、いったい何なのだろう?」と、とてもとても考えさせられます。

ひとつだけ例をご紹介しましょう。

Male Spoonworms are tiny and parasitic on the females, their only function being to fertilize the female's eggs.
(『Ocean』Robert Dinwiddie他著、p. 316)

後半を訳してみると「オスの唯一の役目は、メスの卵を受精させることである。」といったところでしょうか。「アナカナシ。オノコは単なる生殖の道具トナ」。無事出版の暁には、是非本屋さんで30分以上眺めてみてください。あなたの人生観に多大なる影響を与えることになる、かもしれません。

DHC-オンライン講座の修了生の皆さんにお手伝いいただくのも3冊目です。一語一語訳していくのは、はやり手間のかかる作業です。本格的な仕事は初めての方も多かったのですが、安定した翻訳をなさる方が増えてきて、こちらとしては大変助かっています。皆さ〜ん、がんばってくださ〜い。一山越えると、また別の景色が見えてきますから。

ところで、今年の冬は暖かかったですね〜。この3冊のどの本にも登場したのが環境問題です。このまま行くと、真夏はどうなってしまうのでしょうか。台風も大型のがワンサカ来てしまったりして。皆さんの中にも、お子さんをお持ちの方は多いと思いますが、親としては、息子や孫が大人になる頃に、とんでもないことになっていないか心配です。人類は、仲間同士の戦いを止めて、自分たちの生活を、環境を守る戦いのために、一致団結した方がよいのではないでしょうか。ブッシュさん、そう思いません?

台風が登場したところで、ハリケーン「カトリーナ」の被害について記述した次の文の翻訳が宿題でした。

The high winds and a storm surge about 10m (33ft) high -- the highest ever along this coastline -- devastated homes, restaurants, beach-front casinos, and shrimp-fishing businesses.
(同書、p. 73)

お手伝いいただいた修了生に方からは次のような訳が送られてきました。

強風とこの沿岸では史上最高の約10メートルの高潮により、住居、レストラン、浜辺のカジノ、エビ漁業が壊滅した。

英文和訳ならば満点を差し上げてもよいでしょう。しかし、私はこの訳文に2つのバランスの問題、並列表現のバランス問題を見つけて、修正しました。

まず、先頭から4語目のandです。andが天秤の中心にあって、両端にぶら下がっているのは"The high winds"と"a storm surge about 10m (33ft) high -- the highest ever along this coastline --"です。原文では"high winds"と"a storm surge"がandの直前、直後に並んでいるため、この2つの要素が並列になっていることが明確にわかるのですが、訳文では「強風」と「高潮」の間に並列を現す「と」だけでなく「この沿岸では史上最高の約10メートルの」が入ってしまっています。このため、両者が並列であることがとてもわかりにくくなっています。

私はここを「強風に加え、この沿岸では史上最高の約10mの高潮により」としてみました。このようにすることにより、「強風」と「高潮」が並列になっていることが明確になります。「強風に加え、」と一旦完全に切れ目が入ることにより、前半の要素の構文的な「重さ」を増して、後続部分との釣り合いが取れるようにしているわけです。

並列要素については、それが並列になっていることを読者も感じ取れるようにする必要があります。自分が書き下ろす場合は、無意識のうちにそうするのですが、訳すとなると原文に引きずられてしまうことが多いのです。気をつけましょう。

さて、上の文でもうひとつのバランスの問題があるのは、"devastated homes, restaurants, beach-front casinos, and shrimpfishing businesses"の部分です。原文の構文構造は、devastatedが他動詞で、目的語である"homes"、"restaurants"、"beach-front casinos"、"shrimp-fishing businesses"が並列に並んでいるというものです。

ここでの問題は、英語devastateと、対応する日本語「壊滅する」の意味の違い(翻訳ソフト業界の言葉で言うところの「共起関係」の問題)です。「エビ漁業が壊滅」はまあよいとしても「住居が壊滅する」「レストランが壊滅する」は「ちょっと変」というのが私の感覚です。「ニューオーリンズの街は壊滅状態となった」といったように、ある程度の大きさや規模をもつものが「壊滅」するのはよいのですが、「住居」や「レストラン」は「壊滅」はしないと思うのです。

住居、レストラン、浜辺のカジノが破壊され、エビ漁が壊滅的な打撃を受けた。

これでいかがでしょう? その昔、数学(算数)の時間に次のような公式(?)を習いましたよね?

a(b+c+d+e) = ab + ac + ad + ae

「他動詞+複数の目的語」というパターンの場合、他動詞に対応する訳語がすべての目的語と「共起」できるものになっていなければなりません。そうでなければ、別の動詞と目的語の組み合わせを使うよう「展開」しなければならないのです。

「展開」と反対に、「括り出し」をした方がよい場合もあります。一般的な例がすぐには見つからなかったので、ちょっと専門的になってしまって申し訳ないのですが、次の英文をザッとご覧ください。

The failure of a remote service then needs to be detected and dealt with. The steps to deal with a failure vary depending on the service -- automatically failing over to an alternative, alerting the developers, alerting the user, or potentially rolling back a transaction.
(『Building Scalable Web Sites』Cal Henderson著、p. 137。訳書はこちら

「--」に続くautomatically以降を単純に訳すと次のようになります。

自動的にバックアップサービスに移行したり、開発者に警告したり、ユーザーに警告したり、場合によってはトランザクションをロールバックしたりします。

この訳文は、たとえて言えば、次の数式に対応する状態なのです。

ax+bx+cx+dx

これは、可能ならば次のようにまとめたい。

(a+b+c+d)x

この方が簡潔で、xを共通に持っているという性質もわかりやすいのです。上の訳文に対して、これと同じ発想の操作を施すと、次のような訳文ができあがります。「〜たり」「〜たり」「〜たり」と続くより、簡潔で締まった訳だと思いませんか?

自動的なバックアップサービスへの移行、開発者やユーザーへの警告、状況に応じたトランザクションのロールバックなどを行います。

数式が出てきたとたんに、チンプンカンプンになってしまったかたもいらっしゃるかもしれませんが、今回は等位接続詞andでつながれる要素のバランスについて考えてみました。andやorでつながれた要素は、どんな文章でも頻繁に出てきます。この扱い方に慣れると、あなたの翻訳の実力も確実にアップするはずです。次の添削課題に取り組む際に、意識してみてください。

さて、最後までお読みいただいた皆さんにプレゼントです。この度、お二人の翻訳家のご協力を得て、「文章に携わる人のための辞書・検索サイトDictJuggler.net」をオープンしました。このサイトでは翻訳家の藤本直氏の類語辞典『類語玉手箱』と、翻訳家の山岡洋一氏の『翻訳訳語辞典』のふたつの辞書と、色々な辞書や検索エンジンが利用できるソフトウェアを無料で公開しています。どちらの辞書も、皆さんの翻訳学習に大変役に立つものですから、是非アクセスしてみてください。翻訳の実力アップの強力な助っ人になるはずです。

それではまた。宿題はありませんのでご安心を。


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