本書に寄せて ——ドナルド・ノーマン
著者の
その後、この「細部が重要」ということを、私自身が思い知らされるはめになります。デジタル写真を管理、編集するためのApple社製アプリApertureを使っているときでした。執筆中の本の図版に使う写真を用意していたのですが、突然パソコンがフリーズして強制的に再起動をしなければならなくなってしまいました。しかし再起動したのち、Apertureを開こうとしたら、「データベースが破損しましたので、直ちに終了してください」という表示が出るではありませんか。何だって? だったらどうすればよいかを教えてくれないエラーメッセージなんて、何の役にも立たないじゃないか。どうしろと言うんだ?
そこでApertureの「ヘルプ」を検索してみましたが役に立ちそうな情報は何も見つかりません。Appleのサポートページも見てみましたが、やはりダメ。イライラしましたし不安にもなってきました。どうしたら写真を取り戻せるんだろう? Apertureはもはや起動することさえできません。私はいつももう1台のコンピュータにバックアップを取っているのですが、「よくできた」同期プログラムのおかげで、破損されたファイルがバックアップ用のコンピュータに送られたあとでした。
さんざん苦労したあげく、結局インターネットで解決法を見つけました。Appleによる、わかりやすい説明があったのです。その方法に従ったところ、15分後には写真を全部復元できました。ここで注目すべきなのは、Appleのサイトで探したときに、この説明にたどり着けなかったことです。私はネット検索でディスカッショングループを見つけて、そこで誰かがAppleのサイトにある説明へのリンクを紹介していたので、そこをクリックして、ようやく解決法にたどり着いたのです。
なぜこんなことを書くのか? それは、もしもAppleのプログラマーがサファー氏のこの本を読んでいさえしたら、私はあのような不安にさいなまれずに済んだ、と言いたいからです。マイクロインタラクション。細部を大事にしてもらいたいものです。
Appleのホームページであの問題と対処法が紹介されているにもかかわらず、あのエラーメッセージに問題と解決法が表示されなかったのはなぜでしょうか。もしもあのエラーメッセージに「データベースが破損しました。修復はこちら...」と書いてあって、「こちら...」をクリックすると修復のプロセスが始まるようになっていたら? なぜAppleはそうしなかったのでしょう? この部分を作ったプログラマーが、エラーメッセージの内容を決めるのはほかのメンバーの責任だと考えたからでしょうか。それとも、問題があることはわかっていたけれども、その解決法までは知らなかったとか? あるいは、エラーメッセージに解決法まで付け加えるなどということは、エラーメッセージのライターの「文化」にそぐわないと思ったから? いちばん可能性がありそうなのは「この3つの要因が、みな少しずつ関与していた」というところだと思います。理由はどうあれ、とにかく私は「ひどいユーザーエクスペリエンス」をさせられたわけです。おかげでApertureに対する私の評価はガタ落ちで、今はもっとましなアプリがないかと物色中です。Appleがユーザーのこんな反応を望んでいるはずがありません。Appleのデザイナーたちがこの本を読んでさえいてくれたらよかったのです。
マイクロインタラクションは「細部」でしょうか。そう、細部も細部、神の宿る細部です。
マイクロインタラクションの「マイクロ」とは「微小な」という意味です。とても小さい? そうです。
すぐれたマイクロインタラクションを作り出す秘訣はいくつかあります。なかでも決して忘れてはならないのは「状況を的確に判断する」というものですが、これは多くの開発者にとっては非常に難しく、鋭い観察眼が求められます。人がインタラクションをしているところを観察し、自分でもインタラクションをしてみて、「泣き所」を見つけ、論理的な順序を見いだした上で、どの要素をまとめればよいかを決めなければなりません。まとめるべき要素の「有力候補」とも言えるのが、エラーメッセージやダイアログボックスを表示する原因となる問題でしょう。どのエラーメッセージやダイアログボックスからも、原因となる問題についての情報と、まずどう対処すべきかについてのヒントが得られます。とりあえずはそうしたヒントを手掛りにして作業を進めてみてはどうでしょうか。
マイクロインタラクションのデザインを成功させるには、その製品のユーザーを把握し、ユーザーが何をしようとしているのかを突き止め、ユーザーにとって必要な手段を見定める必要があります。また、インタラクションの
すぐれたマイクロインタラクションを作る第2の秘訣はインプリメンテーションにおける工夫です。インプリメンテーションで注目すべきデザイン上の要素はトリガー、ルール、フィードバック、ループとモードで、著者はこのそれぞれに一章ずつ割り当て、ていねいに解説しています。
最後に、マイクロインタラクションがいかに重要かを示す実例をもうひとつ紹介しておきましょう。最近私がした大きな買物、つまり我が家の新車についてです。私がこの車のところへ行ってドアの取っ手に触れると車内灯がつき、ドアのロックが解除され、私が乗り込むとシートの位置や背もたれの角度、ミラー、さらにはラジオの局の設定までが自動で私向けに調節されます。運転席のドアを開けると車内で運転席側のライトがともり、助手席のドアを開けると助手席側のライトがともります。私と妻が交替で運転するときには、その都度ドライバーの体型や好みに合った設定にいちいち切り替えてくれます。この一連の機能を、デザイナーはどうやって決めたのでしょうか。車に自動的にやらせることとやらせないことを、どう選んだのでしょうか。細部のデザインに焦点を当てて知恵を絞ったのです。どれもごく小さなことですし、どれもドライバーが自分で調節できることではあります。しかしこんな風にしてくれる車に乗るのは嬉しいものですし、この車の「オーナー」としての誇りも湧いてきます。これこそ、あらゆる製品の作り手がユーザーに提供したいことではないでしょうか。
こうした「細部」に、大きな声援を送りたいと思います。「細部」こそ私たちが人生のほとんどの時間を使って接しているものにほかなりません。また、ダン・サファー氏とこの本にも、大きな声援をお送りします。親しみやすい解説を読み進める中で、豊富な実例が理解を助けてくれる本です。私は以前から人がインタラクションをしているところを観察するのがうまいと自負していましたが、この本を読んでなおいっそう観察眼を磨くことができました。そして細部に、生かされなかったチャンスに、よりいっそう注意を払うようになりました。また、身の回りの製品のすばらしいマイクロインタラクションを見分けることもできるようになりました。ものを見る目を養うことは、よりよい物作りへの第一歩なのです。
さあ次は皆さんの番です。さっそく学びを始めてコツをマスターし、よりよい製品を生み出してください。そして私たちの生活を、よりシンプルで、より楽しいものにしてください。マイクロインタラクションに対する理解を深め、実践してください。
ニールセンノーマングループ共同代表
ドナルド・A・ノーマン
don@jnd.org
(『誰のためのデザイン?』著者)