マーリンアームズ株式会社

DHC翻訳若葉荘「本日の講義」

第28回 翻訳を科学する その18(最終回) 最後の食卓 (2007年12月配信)

10月の中旬のこと、歩いて5分ほどのところに住む義母から電話がかかってきました。

「おとうチャマが、しゃがんだっきり立てなくなっちゃったの。ちょっと来て、助けてちょうだい」

大正11年生まれの義父は2年ほど前まではとても元気であちこち出かけていたのですが、その年の夏に軽い脳梗塞を患ってから徐々に元気がなくなり、手足の自由も少しずつ利かなくなってきてしまいました。10月初めには、おなかをこわしたせいか、足に力が入らなくなり、ベッドに寝たまま食事をするようになっていたのです。

義母によると、この日は調子がとてもよくなったので、「君と一緒に食卓で食事がしたい」と言って、ベッドから起きて自分の部屋から食卓まで自力で歩いて来たとのことです。自分の席に着こうと椅子を出して腰を下ろそうとしたものの、思うように体が動かず、床に座り込んでしまったようです。80歳近い義母には義父を起こすこともできず、助けを求めて我が家に電話をかけてきたというわけです。

仕事を中断してあわてて駆けつけた私は、義父を抱き起こし、椅子に座らせました。義母と二人の食事が始まったのを見届けると、何もすることがなくなってしまったので一旦仕事に戻りました。「自分でベッドに戻るのは無理でしょうから、食事が終わって戻りたくなったら、また呼んでください」と義母に言い残して。

帰宅していた家内と一緒に再び義父母の家に向かったのは2時間後ぐらいだったでしょうか。40代で手術をして胃の大半を切り取ってしまった義父は、とてもゆっくりと食事をするのですが、途中で眠ってしまうこともしばしば。ようやく長い食事が終わって、自分の部屋に戻ろうという気になったようです。

私は義父をベッドのある部屋まで連れていこうと椅子から抱き起こしました。ところが、これがとてつもなく重いのです。まったく脚に力が入らず、ただただ、私に体を預けてきます。私は義父の体を支えるのに精一杯で、一歩も前に進むことができません。下手をすると、二人とも倒れてしまいそうです。

「これは無理だ。車椅子にしよう」

玄関においてある、いつもは外でしか使わない車椅子をもってきてもらい、義父を座らせ、ようやく一息つくことができました。車椅子からベッドに運ぶのも、文字どおり骨が折れてしまいやしないかヒヤヒヤでしたが、なんとか無事に義父を休ませることができました。

長年連れ添った妻と、もう一度食卓で食事がしたいと、全精力を使い果たして食卓まで自分の体を運んでいったのでしょう。義父はこの後二度とベッドから起き上がることはなく、それから2週間ほどして天国へと旅立っていってしまいました。あれが最後の食卓になってしまったのです。


さて、故あって私の講義も今回が最後となりました。

義父が最後に振り絞った力には及ばないかもしれませんが、精一杯の力を出して皆さんの脳細胞を刺激するような講義を考えてきましたが、少しはお役に立てたでしょうか? 初めての方もいらっしゃるでしょうから、まとめも兼ねて、私のこれまでの講義の内容をザッとおさらいして、締めとさせていただきましょう。

この講義が始まったのは2003年の暮れのことでした。当初は、翻訳ソフト(機械翻訳ソフト)についてご紹介しました。私がどのように翻訳ソフトを活用しているか、どういうふうに翻訳ソフトに関わってきたかをお話ししました。翻訳ソフトは「翻訳をしてくれるソフト」ではなく、あくまでも「翻訳作業を助けるソフト」であること、端的に言えば「高速辞書引きソフト」であるというのがポイントです(なお、翻訳ソフトに関しては http://xrl.us/mamtcol で私のコラムをご覧いただけます)。

そのあとの数回は翻訳のためのインターネット活用法をご紹介しました。今では、子供から老人までが日常的に使っている検索エンジンに関する翻訳者向けの活用法や、当時は今ほどの知名度の高くなかったWikipediaなどについての話題です。Wikipediaは新聞の一面記事のトピックになるなど、ますます勢いを増していますね。インタネットのおかげで、調べものは以前に比べて格段に楽になりましたが、世界の翻訳者を相手にした競争が始まってしまいました。今後も、インターネットは翻訳者の生活を大きく変えていくのでしょう。翻訳者の皆さんや社会全体にとって好ましい方向に変えていく一翼を私も担うことができるのか、精進していきたいと思っています。

この頃には、このメルマガのご縁で、DHC-オンライン講座を始めさせていただきました。おかげさまで、たくさんの優秀な翻訳者の(卵)の皆さんとご縁ができて、現在も一生の思い出になりそうな仕事を一緒にさせていただいています。よろしかったら、読者の皆さんも公開中のテキストを覗いてみてください。こちらのアドレスでご覧いただけます: http://www.dhc-online.com/

そして、最後まで続いた連載「翻訳を科学する」が始まりました。翻訳ソフトを作った翻訳者という特徴を生かすべく、翻訳という作業をできるだけ客観的に、理系的に見つめ直してみようというのがこの連載の目的です。

最初の方では、品詞変換と関連語変換という「技」を紹介しました。

品詞変換は、たとえば名詞表現を動詞的な表現に変換して、自然な日本語にする技です。「Familiarity with Internet email systems is a must.」という英文を「インターネット電子メール・システムの熟知は、必要である。」とするよりも、「インターネットの電子メールシステムについてよく知っている必要がある。」とする。名詞familiarityを「熟知」「精通」などと名詞として訳さずに、「知っている」あるいは「熟知している」などと動詞的に訳す方が(用途によるという面はありますが)より自然な表現になるケースが多いと言えるでしょう。

「関連語変換」は、品詞変換を拡張したもので、たとえば「Mark is a good swimmer.」を「マークはよい泳者である。」とするのではなく「泳者」の関連語の「泳ぎ」を使って「マークは泳ぎがうまい。」などと訳すものです。品詞変換も関連語変換も翻訳者の頭の中では無意識に行われている作業です。

この連載を始めた頃は、品詞変換や関連語変換ができる翻訳ソフトを作ろうと、毎日プログラム開発に取り組んでいました。未踏ソフトウェア創造事業(http://www.ipa.go.jp/jinzai/esp/)に採択されて、そのプロトタイプを開発していたのです。このシステムは今のところ塩漬け状態ですが、じっくりと育てていきたいと思っています。

「翻訳を科学する」の連載では、続いて、句読点、重複、バランス(たとえば並列構造の範囲)、オタク度とフォーマル度、共起、引用符など、普通の翻訳講座ではあまり注目されたことがないと思われる事柄を題材として、これまたベテランの翻訳者ならば無意識のうちに行っている作業を抽出してみました。

たとえば、次の3つのうちのどの句読点の用法が「正しい」か、その理由は、といった問題です(私の考える「正解」は3.です)。

1. 「かなり誇大広告であろう。」、そう思っている者も多い。
2. 「かなり誇大広告であろう。」そう思っている者も多い。
3. 「かなり誇大広告であろう」そう思っている者も多い。

普段何気なく用いている単語や表現、記号など、どの一文字をとっても、文章全体の意味に影響を与えないものはありません。著者の意図をできるだけ正確に把握するために、そして原文の世界をできるだけ正確に表現するために、ひとつひとつの単語、ひとつひとつの記号を大切に扱ってあげてください。どれもこの世を構成する、無二の存在なのですから。

  瀬を早み 岩にせかるる 滝川の われても末に あはむとぞ思ふ

最近テレビを見ていたら、この句が繰り返し登場する物語をやっていました。この句に初めて出会ったのは、高校の古典で習った百人一首の本でしたが、「われても末に あはむとぞ思ふ」のところがとても印象に残っています。この世ではお別れとなった義父には、何十年か後に、あの世で再会できることでしょう。この講義では皆さんとお別れですが、またどこかで(この世のうちに)お目にかかる日があるかもしれません。皆様が立派な翻訳者となって活躍なさることをお祈りして、ひとまずお別れしたいと思います。

長い間ありがとうございました。若葉荘の皆さんも、さようなら!


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